レコーディングエンジニアの仕事ブログ

レコーディングの事、音楽の事、DAW.DTMの事など適当に書きます

音楽業界におけるニーズとは何か?

■はじめに
先日はAKG48商法について書きましたが、私はAKB=卑怯な売り方とは思っていません。
お金を出す人が納得して購入する時点で取引は成立しています。第三者がミスチルの記録を抜かれただの純粋な音楽商品ではないだの文句を言うのは皮肉以外の何者でもないと思うからです。売り上げ記録を塗り替える事が目的ならB'zやミスチルも握手券を付ければ今の10倍は売れるのでは無いかと思うのです。目指す事はこういう事でしょうか?違いますよね。

大体ミスチル宇多田ヒカル、B'zなどが売り上げ的にも人気的にも日本を代表するアーティストであるという考えが"大衆の意見"であり 音楽マニアや業界の中にはこいう売れ筋を善しとしない、むしろポピュラーミュージック自体が音楽の本質から外れているという考えの人も多いと思います。
クラシック音楽しか聴かない人たちからするとクラシック以外の音楽は俗物であり本当の音楽ではないと考える方もいるでしょう。今回のAKBのシングルCDの売り上げで夏のボーナスが出ている人がどの位いるのか?考えてみると音楽業界の衰退はリスナーのせいでもYOUTUBEのせいでも無いと思います。売れている時期が永遠に続くと考え怠慢な経営をし、新人育成を怠たり、"今売れているもの"のみを追った二番煎じ商法、広告・宣伝に頼った資本主義的方法などを繰り返した結果の衰退では無いかとさえ思います。それほど音楽業界の中は熱意がありません。

■本物とは何か?
よく「これからは本物の音楽が生き残る」というような言葉を耳にするようになりました。この"本物の音楽"とは何でしょうか?音楽に本物も偽者もないと思います。彼らが言う本物とは何を指すのでしょうか?
例えば国際的に有名な作曲家が書いた曲を本物としましょう。それはスターウォーズシリーズの最新作のテーマ曲として書かれた物だとします。世界中でCDが売れダウンロード販売も好調、大ヒット曲になったとしましょう。ここで本物の音楽と仮定した曲は単純に音楽のみでその芸術性、価値を考えているでしょうか?
スターウォーズというビックネームプロジェクトに使用されたという事が多くの人に認知される結果となり、映画のヒットと共に楽曲もヒットしたと考えるのが普通だと思います。結果この作曲家は有名になり色々なプロジェクトから依頼が増えるという事に繋がります。
ではこれを日本の音楽業界に置き換えてみます。
仮にミスチルが映画の主題歌を書き下ろしたとして、映画も話題となりヒットをしました。主題歌も大ヒットをしました。これを例えば音楽だけで考えるとどうなるでしょうか?次のパターンでは考えてみます。
ミスチルの桜井氏が名前を隠し作詞作曲を担当し、主演の俳優が歌を歌う主題歌となった、映画の内容・興行収入は同じ。 この場合主題歌CDはミスチルが歌うものより遥かに売れないはずです。おそらく比べ物にならないくらい売れないでしょう。
みなさんわかりきっている事ですが、ミスチルのCDを買うのはミスチルのファンです。
同じ人間が作詞作曲を担当しても売り上げが大きく変わるのはタレント性、キャラクター性なのです。
これは本物でしょうか? 結局のところ本物という考えは主観でしかなく、何が本物かと言われれば答えがないと思います。
一般受けするものは俗物で一部の自称音楽マニア受けするものが本物というような考えもありますが、これもクラシック至上主義と同じくらいくだらなく古い考えであると思います。
何故なら現代の音楽は商品であり仕事であるからです。
商品である以上売れないと話になりません。結果作曲家も売れるものを求められます。
ですので上で仮に出した ミスチルの桜井氏が名前を隠し作詞作曲を担当し、「主演の俳優が歌を歌う主題歌」 という方法は大きな冒険でありミスディレクションと言えるかもしれません。

■ニーズについて
全ての商品には需要と供給と言う経済の基本的な仕組みがあります。もちろん音楽にもこの仕組みが働いています。
一般的に言うニーズというのは消費者(ユーザー)が望むものの事を指すのですが、これが非常に難解です。例えばミスチルのニューアルバムは毎回大きなセールスを記録しますが、アルバムの内容がユーザー(ファン)が望むものかどうかは別の話になります。
つまり、一般的な商品と大きく異なるのがニーズが反映されにくい(そもそもどういうニーズがあるかわかり難い)という事があげられると思います。家電製品なら操作・省エネ・デザイン・性能・価格などの各項目が明確に存在し、機能は抑えて価格を安く、デザイン重視で高額など様々なニーズに合わせる商品の開発が可能です。
音楽ソフト商品(CD)の場合はここが曖昧で、安ければ売れるわけでもありませんし、新しく斬新であれば売れるわけでもありません。
例に挙げたミスチルに関して言えば一番の顧客は既存ファンであり、新規ユーザー(新しいファン)の獲得は二の次になってしまうかもしれません。
「時代のニーズ」なる音楽は存在しないといっても良いでしょう。逆にそれが判るのならヒットを意図的に出す事が出来るはずです。
小室哲哉一世風靡した時には小室氏はハッキリとしたニーズに合う音楽を意図的に制作しています。本人も語っているように「クラブやディスコで踊った後にカラオケに行くとダンサブルで歌って踊れる曲が無かった、だからそいう曲を作れば売れると思った」
これほど明確なテーマがあったからこそのヒット連発だったのでしょう。今は明確なテーマをもった音楽がどれほどあるのでしょうか?

■音楽=商品か?
音楽は時間芸術だと考えている人が多いと思います。しかし現在の音楽業界で作られる多くの音楽は商品になる事が前提で作られた音楽です。
売るという事を前提に曲を作り録音する、ヒットしないと評価もされなければ収入も入りません。
しかし音楽を芸術活動と考えるのなら売れる売れないという事とは分けて評価されるべきだと思うのです。映画などのように各国で評価が違ったり、興行成績に関係なく評価が与えられる事はあまりありません。
日本にある数々の賞(有線放送大賞、レコード大賞、日本グラミー賞など)は売り上げなど特定の基準に沿った選考方法や各レコード会社、芸能事務所の力関係などが大きく関係してきますので、純粋に音楽作品として評価を受けているわけではありません。非常に残念な事ですが今の日本の音楽は芸術作品とは言えないのが実状です。

■はたして本物が残るのか?
最後に冒頭で触れた「これからは本物の音楽が生き残る」という事についてもう少し考えてみます。
私自身も同じような考えかと聞かれればYesでありNoであると言えます。自分の中の定義という物は私の価値観でしかなく、他人やその他ユーザーがどう感じるかは未知数です。
しかも一般のユーザーは音楽的な耳で音楽を聞く事はほぼ無いに等しいのです。ですから「なんか好き」「ノリが良い」「好きなタレントが歌っている」という様々な価値観で音楽を聴きます。
私や音楽業界人、もっと高度な音楽知識を持っている人でさえも基準はやはり自分です。理想を言えば制作者は自分たちが最高に良いと思える作品を世に出し(発売し)評価を問う というのが本来の姿であると思うのです。
しかし現在(過去も含めて)の音楽作品はタイアップ・発売日等が先に決まり、逆算してスケジュールを組むという事が行われています。締め切りがなければ仕事は終わらないという考えもありますが、本来は逆だと思うのです。
「すげー良い曲が出来た!」→「どうやって売り出していこうか?」であると思うのです。こういった商業ベースの業界で本物の音楽がどれだけ生まれてくるのでしょうか?
もちろん商売であり仕事である以上は金銭的な収入は必要不可欠なのは言うまでもありません。音楽を取り巻く環境が大きく変わってきている中で日本の音楽業界は取り残されている状況だと言う事を中の人間がどれほど認識しているのか?疑問です。
私の結論は残るのは本物ではなく、残ったものが本物になるのだと思います。動物の進化と同じく優れた身体能力を持っていても寒さに対応できなかった恐竜が絶滅したように、今生き残りをかけた戦いが既に始まっているのだと思います。
そしてその戦いには今までの戦法やノウハウが殆ど有効ではない状況です。

私も含めて音楽を職業にしている人たちはこれから先が厳しい生き残り合戦になる事でしょう。